だらだらミトン通信

アメリカ生活の記録、主に病気関係

てんかん?からの脳波検査

夏休みに実家に帰省中、母に子供達を見てもらうことが多かった。そして、母がもしかしたら息子はてんかんかもしれないと言われた。

アスペルガースペクトラムだとてんかんの割合も普通よりは高く、息子の症状を見ると欠伸てんかんといって、1日に何回か数秒程度倒れるわけではないが意識消失をするてんかんに似ているとのことだった。

 

確かに呼んでも返事がないとか、聞いてるのか聞いてないのか分からない!ということは多い。でも、私の感覚だとアスペルガースペクトラムの過集中、注意欠陥な感じだと思っていた。

 

心配する母をよそになんか他に集中してただけじゃないの?と、母の言うことを間に受けなかったのだが、友達の家に行ってる時にソレがやってきた。

 

それまで普通に、誰か将棋指さない?と並べながら話していたのに急に一点を見つめて電池が切れたようになったのだ。名前を呼んで肩を叩いても動かない。実質20秒あるかないかというくらいでハッと意識は戻ったのですが、普通ではなかった。はじめてのことだった。

 

息子は三歳の時に頭を打って吐いたことがあり、その時の救急で、MRIをした時にゴルフボール大のくも膜嚢胞があると言われて、医者にはMRIが広まって発見されることが増えたけれど、大概は一生なんの悪さもなく終わるもので、もし麻痺とか何か症状が出たら来てくださいと言われていた。それもあり、急いで次の日市民病院の小児科に行ってみた。

症状を聞くと脳波検査などした方がいいと思うけれど帰国が迫っているのでアメリカで脳波検査などをした方がいいでしょうね。と言われました。また、てんかんとくも膜嚢胞は関係性はないらしい。

 

そして、アメリカに帰り早速かかりつけ医の予約をした。

症状のこと、くも膜嚢胞のこと、他にも夜驚気味で寝言が多いことなどを伝えた。

先生は呼吸を1分間ほど荒くするように言ったり、目にライトを当てたりしててんかんが誘発されるかをみていた。その時は何もなかったけれど、気になるようなら脳波検査(EEG)をオーダーしましょうという流れになりました。

 

息子に私が見た時のことを話しても覚えてるいるわけもなく。さて、どうなるのやら。

予防的卵巣摘出

病院の乳がん専門のところに行ってきました。

 

分かりにくかったら電話通訳頼めばいいやと思っていたけれど分かりやすい英語でした。

ほっ。

 

男性の先生だったからか、何もしないけど部屋に女性が一緒にいました。そこらへんはアメリカ。

 

前回のカウンセラーの話と同じようなリスクの説明と6ヶ月に一度の検査の説明。

そして予防的に卵巣摘出はどうかと言われました。

 

薬や乳摘出で予防する方法もあるけど、私の場合はオススメじゃなく卵巣摘出でリスクを減らす方向で考えています。近親者と相談して下さいとのことでした。

 

すでに10年ほど前に左は頸捻転で摘出済みなのですが、なくなるとなると副作用?などもあるだろうし、その情報を教えて下さいとお願いしました。

 

もう子どもも考えてないし、遅かれ早かれ更年期は来るし、ガンになるよりはすぐにでもとってしまいたいけれど、とりあえず相談してみないと。

 

一月にMRI検査の予定です。

 

また、診察前に話したナースさんとの雑談で主婦だというと、日本で何してたの?やりたいことはないの?と言われました。英語に問題あるし働くのは難しいと応えると彼女もアルメニアから来てナースの学校行ったのって。同僚の方もまったく英語話せない状態できて、学校に4年間通い今は働いてるわよって。

予定だともう折り返し地点だし英語がんばろ。と思ってるけど、彼女たちのレベルに達するまでに私はどれほどかかるのだろうか?努力も足りないだろうけど。

今年はもうちっと頑張りたいと思うけれど、会社からの英会話補助もなくなったしなぁ。なるべく話す機会を作って頑張りたいものです。

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日本で初マンモ

夏休みに2年ぶりの日本。

 

検診も受けれるので、マンモと超音波を追加してきました。

 

はじめてのマンモ。

ガンだったらと心配する気持ちと痛いと聞いていたので恐る恐る検査室へ。

検査技師の方も痛かったら無理せずに痛いと言ってくださいね。と言われたので緊張。

 

上半身裸かで透明な板によいしょ。と乳を乗せられ、徐々に潰される。

予想より痛くなかったので良かったが、なんか潰された乳が新鮮でとても間抜けな姿でした。

 

帰国した後に結果は届いたので実家の人にスキャンして送ってもらう。エコーで石灰化が指摘されたが、マンモ、触診共に異常なしとのことで一安心。

 

他の尿と血液の検査のが引っかかっておりました。とりあえず、お酒の量を減らしています。

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ガンから生き残ること

若年性乳ガンを克服した人の話。

ガンがその人の全てではないことを、力強く行き続けることで見せてくれる。

儚いものが尊いことにはならない。

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52200

 

同じサイトには表中治療ではないニノジュースのマルチレベルマーケティング推しの人のも出てくる。

 

義理の両親は本人の意思で標準治療に頼らず抗ガン剤治療することなく習字で書いた標語(マクロファージや笑うとか)を部屋に貼ったり、健康食品やマクロビ、ニンジンジュースなどを取り入れていた。

 

標語治療をしておけばもっと行きて孫たちの成長を見れたのではと思わなくもないけれど本人達は素晴らしい人だし、彼らの信じてた生き方なので尊重はしたい。でも、自分の子供達ならやめろというと思う。

マクロファージという言葉はノーベル賞を取る前に義父から概念は教わった。ただ義父のいうマクロファージとノーベル賞のマクロファージは少し違う気がする。気合いで治る病気と治らない。酷くなる病気はあると思う。

 

私はガンと診断された時にどうなるのか。

標語治療をするけど、レメディとかも一時帰国調べたらしたくらいなので色んな健康法を試したりするのかな。寄ってくる人もいるんだろうな。

 

PALB2遺伝子変異と乳がんリスク

BRCA1/2という乳がんになりやすい遺伝子ほどリスクは解明はされてないらしいけれど、気になる。

ファミリーヒストリーでも引っかかっててどちらにせよリスクは低くないけれど。

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PALB2 変異保有女性における乳癌リスクは,一般集団と比較して,40 歳未満では 8~9 倍,40~60 歳では 6~8 倍,60 歳超では 5 倍高かった.変異保有女性における乳癌の推定累積リスクは,50 歳までは 14%(95%信頼区間 [CI] 9~20),70 歳までは 35%(95% CI 26~46)であった.乳癌リスクは,出生年代別コホート(P<0.001),および他の家族因子(P=0.04)によっても有意な影響を受けていた.PALB2 変異保有女性において 70 歳までに乳癌が発生する絶対リスクは,乳癌の家族歴のない場合は 33%(95% CI 25~44)であり,50 歳の時点で乳癌に罹患していた第一度近親者が 2 人以上存在する場合は 58%(95% CI 50~66)と幅があった.

http://www.nejm.jp/abstract/vol371.p497

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変異遺伝子とハイリスク乳がん

遺伝子検査の結果を聞きに病院へ。

 

ガンと直接的に関係のある遺伝子の変異は見つからなかったものの、二つの変異が見つかったとのこと。それは DICER1というのとPALB2というものだそうだ。これらは現段階ではガンとの直接的な因果関係は不明とのこと。

 

前者はある特別な卵巣ガンや甲状腺ガンを引き起こしたりするらしいという研究もあるらしい。たまたまか分からないがわたしも卵巣は腫瘍ができて片側だけ10年ほど前に摘出している。検査の結果良性腫瘍ということだったけれど。

 

後者は乳がん膵臓ガンとの関わりがある可能性が高いという結果もあるらしい。

家族歴から言っても普通の人より高いうえに遺伝子検査の結果からかハイリスク乳がんと認定されました。

 

マンモグラフィーを今まで受けたことがないけれど受けたほうがいいと言われ、ハイリスクブレストキャンサー研究所の予約を入れてくれ、今後6ヶ月に一回の検査を受けることになりそうだ。

 

夏に帰国する時の健康診断にとりあえずマンモグラフィーをすると伝え、予約は9月以降でお願いすることにした。

 

たまたま生理前だからかもしれないけれど、胸の張りとかも気にしだすと気になる。

 

中耳炎からのかかりつけ医に行くことになり、内視鏡検査、遺伝子検査、乳がん検査とトントンと進んでいるのがラッキーなのかなんなのか分からないけれど、早めに対処するしかない。

 

海老蔵夫人の麻央さんが乳がんとの闘いの末に亡くなったニュースを聞いても人ごととは思えない。

 

なにせ末っ子と麻央さんの長女は誕生日が同じだ。産院のベッドの上でニュースを聞きながらあの海老蔵の子と一緒かぁと複雑な気持ちだったのを覚えている。小さい子を残さざるを得なかった哀しみが自分のことのように思えてしまう。

 

とりあえず、前向きに。なる可能性はあるかなしかで個人で考えれば半々だし、なったらなったでどうにかするしかないのだ。 

痛いのも子供の成長を見れずに亡くなるのも嫌だからとりあえず検査をするしかない。

 

もしかしたらもうなってるのかもしれないけれど。

 

息子の卒業

息子は日本だと六年生ですが、早生まれのためこちらでは半年遅れの五年生。

しかし、通っている学区は5年で小学校は卒業のため一足お先に卒業式を迎えました。

 

卒業式は学校からもらった五年生全員の名前の書いてあるティシャツで出ました。

卒業証書は名前を呼ばれて壇上で一人一人校長先生からの手渡しですが、日本のようにキチンとした感じではなく、名前呼ばれたらヒューヒューや歓声があがりという感じでとても楽しいものでした。特に関係のない来賓挨拶とか電報とかもなくサクッと終わったし。

 

親の方もスーツの人も普段着の人もいてと様々。先生もお揃いのティーシャツにサンダルというラフな装い。私は普段よりはキチンとした格好で行ったけれど、卒業式なんて何度も練習したりとめんどうだったのでわたしはこんな感じは好きだなぁと思いました。

息子の幼稚園の卒園式でも余計なことばかり(すごいあの人泣いてるなー。私も泣かないといけないかとか、あの子大きくなったなぁ、親子そっくりとか)考えてしまう。でもしんみりした雰囲気を出さないととか考えたりと面倒で。そんなの無理やり出さなくていいんだろうけど。

 

無事小学校二年間過ごせて良かったです。

最後に息子に誰と写真撮りたい?と聞いてもいなかったけどさ。

担任とも無理やり写真とらせたけどさ。

 

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今年は男の先生で、五年生にいる日本人の男子3名同じクラス、ハーフの男子1名と一緒でした。

 

バイリンガルの先生が、今年度のはじめの頃に今年と去年のクラスどちらが楽しいかと聞いたら去年のクラスのが楽しかったと言ったそうです。

 

補習校では四年生の時に男の先生で喜んでいたので意外でした。去年の担任はお孫さんもいるくらいのおばさん先生で割と普段も成績表も厳しめだったから今年のクラスのが良かったと言うのかと思っていたので驚きました。

どうも男の先生が怒りかたが大きな声で苦手だったようです。

 

 理由を聞くと息子らしい理由だなと思いました。

 

また、日本人男子とも一緒で喜んでいますが仲が、良いからこそのトラブルもありました。

 

三年、四年と日本人女子とだったので、分からない時は助けてはもらうけれど、そこまでベッタリすることもなく、他の子とも遊んでいたりしていたのですが、今年はベッタリという感じした。

 

仲の良い時はいいのですが、ケンカなども何度かあったようです。頭を悩ますのは今年度から来た子とは授業中にケンカみたいなことが何度かあったようです。

 

特に理科の時は先生が担任ではない人でその子のフォローのために日本人3名は同じグループだったのが原因だったと思います。

 

普段は仲良いし放課後も遊ぶ仲なのですが、2人に絶対に言わないからすきな子を教えるように言われて、バカ正直な息子は教えました。

そしたら、年頃の男子特におしゃべりな子なので黙っておく訳はありません。クラスの子にもバラされ、本人の耳にもおそらく入りという感じになりました。

 

その時息子に相談されたけれど、これからあの二人には秘密は言わない。世の中には沢山そうやって人の秘密を知りたがりバラす人がいるから注意すること、でも人の噂なんてあっという間に廃れるから大丈夫だよと励ましました。

 

他の子は割とすぐにからかわなくなったけれど、日本人男子はしつこく何度もからかってきたり、息子の持ち物(もう使わなくなったという名札だけど)にラブ◯◯と書いたり、暗号にした手紙でからかいが続きました。それはひどいと思ったのでバイリンガルの先生に相談しました。

 

特に新しくきた子(A君)は授業中に暇なのか関係ない話を話してきたり、からかったりするのでやめるように言ってもしつこくて息子が泣いたり、最終的にはキレてパンチしたりも。

 

先生も日本語で余計な話しをしてるのは雰囲気で分かるので息子ではなくてA君を注意して、目に余るのでと親の方にも無駄話は授業中にはしないことと連絡がいったようでお母さんからも謝られたのですが、注意されてしばらくは治るけれどまたはじまる。同じグループの女子にも息子はいじめられてるんじゃないかとか心配されていたみたいなんだけど、ケンカが終われば先生も呆気にとられるくらい仲よくしてるとのこと。

 

お母さん曰く人の気持ちや周りが見えないかことが多い子らしい。(担任が聞くと昔のおかしい先生くらい厳しいのもあったけれど、休み時間も1人で保健室登校も日本ではしてたと言っていたし、こちらでも登校拒否があったり、トイレ行けないと学校行かないという思い込みでバスに乗れないとかお母さんも本当に辛そうなときもあった。うちは発達障害と渡米前に診断されたと打ち明け関連の本をお節介だとは思うけれど別に発達障害だからという訳でなく、場面場面で役に立つことも書いてあるからと貸しました。お母さんも少しはそうかもしれないと思って発達障害の本を読んだりしてたそう)

多分、手持ち無沙汰なのもあり日本語で余計な話しをしたりからかったりするのだと思う。

けれど、幼稚園の時も先生に静かにするように言われてもおしゃべりしてる友達の口抑えてしまったり、小学校でも鉛筆忘れた子に貸したもののその子がノートを取らないから頭にきて取り返してケンカになったり、授業をちゃんと受けることに変に真面目?融通のきかないな息子は許さないのも問題だとは思う。無視するなり、大きな声で不快だと表明できたらいいんだけど。

 

A君は遊んでるところを見ててもちょっと自分勝手で、融通がきかないところがあり弟に対しては特に酷く私が見ててストレス。

お母さんもうちの息子は弟にキツくて、弟も諦めているという感じで、何かしたときには怒るもののそんなに本人に辞めさせようという気がないのもストレスに。なので遊んでるときに気になるからあまり近くにいたくない。

 

例えば弟とうちの真ん中、もう一人の子の3人対A君とうちの息子でサッカーしたときに、小さい子のミスには厳しいのにもう一人の子はサッカーやってて得点バンバン決めて小さい子チームが明らかに勝っていてもう時間だから帰るよ。となったときに下の子たちが勝ったねーと喜んでいました。するとそれを無視して、サドンデスして勝ったほうが勝ちという俺様ルールを作り、結局お兄さんチームが勝ちとなりそれに対し弟とチーム全員でひどいという話しをして。お母さんに僕たちの勝ちだよねと話していて、お母さんがまあまあという感じでなだめていたらキレて弟をわざと転ばせてそれを怒られて、立つときにわざと背中を踏んだり。しかもそれが芝生の上だけど駐車場の縁石のそばでちょっと間違ったら頭でも打ちそうなところ。

自分が帰りたくなるともう御構い無しに帰ると言ってまだゲームしたいという弟の上に乗ってコントローラー奪い取ったり。

 

男兄弟なんてそんなもん、とかという言葉で終わらせればいいのかもしれないけれど、うちの息子は妹には絶対に手を出さないし、いわゆる男子あるある(そんなん個人差と思ってしまう)に共感できない私だからか余計に。

 

ミドルはグループワークが増えると聞いたし授業中いくら英語が分からないから暇だというというのも分かるけれど関係ない話しをされたり、からかわれたりはちょっと避けたいので、バイリンガルの先生に相談するとミドルで同じ授業になったら(クラスルームはなく移動教室ばかり)カウンセラーに相談して早めに授業を変えてもらうくらいしかと言われたので、お母さんにも授業中のケンカは避けたいのでカリキュラム決まったら悪いけど教えてと頼んでしまいました。

嫌な親だなぁ。過保護で親バカだなぁと思うけれど原因から離れたら穏やかに過ごせると思っています。

 

普段ケンカする分には構わないけれど、授業中するのは息子にもストレスだろうし。

嫌な親だな。

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